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大恐慌は再来するか


今回のアメリカの金融危機を「大恐慌の再来」などという話がよくあるが、これは間違いである。トルストイ風にいえば、好況はいつも同じように幸福だが、不況はそれぞれに不幸なのだ。

ガルブレイスの本(左)は先週、再発売されたが、初版は1955年。1929年の出来事を日記風につづったもので、経済学的な分析はない。これを含めて一般向けの本では、投機バブルの崩壊が大恐慌を引き起こしたといった説明が多いが、投機の失敗だけで10年以上も2桁の失業率が続くことは考えられない。これを理論的に説明したのがケインズの『一般理論』で、戦後の経済学の主流も「有効需要の不足」とか「流動性の罠」のようなケインズ的な説明だった。

この「通説」に膨大な実証データを使って挑戦したのが、Friedman-Schwartzの記念碑的な研究である(ただし通読するのは困難)。これは金融システムが崩壊していた時期にFRBが通貨供給を絞って信用収縮をまねいたのが致命的な間違いだったことを立証し、その後の定説となった。彼らの分析によれば、ケインズの提唱した財政政策は恐慌の原因を除去できない対症療法で、真の解決策は通貨供給を増やしてクレジット・クランチを回避すべきだったということになる。今回のアメリカの対策も、基本的にこの分析にもとづいている。

Friedman-Schwartzを踏まえて、さらに詳細なデータの分析と国際比較を行なったのがBernankeの本(右)である。ここで著者が指摘しているのは、金融機関の破綻が取り付け騒ぎを誘発し、それがさらに破綻を拡大するというDiamon-Dybvig複数均衡メカニズムだ。FRBがこれを放置した結果、信用収縮が起きて決済機能が寸断され、経済活動が麻痺したことが、名目GDPが半減して失業率が25%になるという破局をもたらした。今回破綻した投資銀行は証券業なので大恐慌とは違うが、CDSには一種の決済機能があり、この市場が崩壊したことが信用収縮をまねいた。

Bernankeが新たに指摘したのは、金本位制がデフレを海外に伝播させたという国際的要因だ。これは日本でも、1930年に浜口内閣が行なった金解禁でよく知られているだろう。この点でも、変動相場制では金融政策の影響は為替レートの変動に吸収されて遮断されるので、「アメリカ発の世界金融恐慌」というのは大げさである。

要するに大恐慌は、金本位制という制度の欠陥とFRBの金融引き締めという誤った金融政策が周期的な景気循環を人為的に拡大し、決済機能が崩壊して実体経済が破壊されたものと考えられる。大恐慌の専門家であるBernankeがFRBの議長になったのは幸運なめぐり合わせで、彼は過去の誤りは繰り返さないだろう。

ただ金融緩和は、危機を克服する必要条件ではあるが十分条件ではない。投機によって積み上がった不良資産を処分して、相対価格を正常化する必要がある。金融破綻と信用不安は相乗効果をもつため、現在のアメリカ経済はDiamond-Dibvigの「悪い均衡」に落ち込んでいる。ここから脱却するには、政府が介入して一定の「閾値」を超えるまで資産市場を支えなければならない。

ようやく下院は金融危機対策を可決したが、最終的には金融機関を清算・買収・資本注入などの方法で正常化しないと経済は安定しない。これは80年代のS&Lとよく似ており、BernankeもPaulsonも次の手は用意しているだろう。
コメント ( 7 ) | Trackback ( 1 )
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コメント
 
 
 
日本のケース (池田信夫)
2008-10-04 15:02:23
ついでにいうと、日本の90年代も大恐慌とは違います。90年代前半に日銀が「リバブル」を心配して金融緩和に慎重だったのはたしかですが、その後は超緩和政策に転じました。銀行がバタバタ倒産しているのにFRBが金融引き締めを続けた30年代とは違います。「デフレ・ギャップ」で不況になったとかいうケインズ的な説明も、10年以上の長期にわたる不均衡の説明にはならない。

また「クレジット・クランチ」が原因だとする説も、銀行の破綻は90年代にはほとんどなかったので、答にならない。投資需要に対して資金供給が足りなければ金利が上がるはずですが、長期金利はずっと1%前後だった。問題は逆で、企業が過剰債務を抱えて投資需要が激減した(貯蓄主体になった)ことだったのです。これをインフレ目標で解決しようなどという話は原因と結果を取り違えたもので、投資が冷え込んで自然利子率が負になっている状態を変えない限り、日銀は永遠に超緩和政策を続けなければならない。

バブル崩壊の最大の影響は不良債権によって金融市場が崩壊することで、これを正常化して市場メカニズムを機能させない限り、流動性の供給も財政出動も対症療法にしかなりえない。特に日本の場合、大蔵省が問題を隠蔽したので、問題は30年代のような信用収縮(disorganization)ではなく、ゾンビ企業の過剰債務(soft budget constraint)でした。だからゾンビを清算して資本と労働の再配分を行なわない限り、市場のゆがみは直らない。これはその後、不良債権処理が進むにつれて経済が回復したことでも明らかです。

今回の米政府の対応は、不良債権の処理というコアの問題に7000億ドル投入して、短期決着をはかる点ですぐれています。これに比べて、不良債権そっちのけで「まずデフレを止めよ」とか大合唱していた日本の経済学界のレベルの低さは救いがたい。日銀の白川総裁も示唆するように、最大の問題は金融政策ではなく、不良債権処理を先送りした大蔵省の銀行監督行政の失敗だったのです。
 
 
 
恐慌再来? (雲のパン屋)
2008-10-04 19:25:15
もしも恐慌が再来したのならば、
FRBが用意した金額が足りなかった、
もしくはアメリカ政府の手のひらからあふれるほどの
不良債権額だったって後世では言われるかもしれませんね。

戦力の逐次投入ほど愚かな戦略はありません。


 
 
 
そういえばこんなこともあった (start)
2008-10-05 12:23:51
日本の公的資金投入の薦め G7で相手にされず
http://www.j-cast.com/2008/02/27016904.html

記事の中で引用された人や、
コメント欄とかで威勢のいい事を言っていた人は
今どうおもっているんだろうな。
 
 
 
なるほど (迎 秀昌)
2008-10-05 15:34:57
デフレより不良債権処理が問題だった、りそな銀行の処理の頃を思い出しました。

ただ低金利でしたが、
実質金利=名目金利−インフレ率
だから、デフレの実質金利は相当なものだったとも思えるのですが。

 
 
 
民主党のいう埋蔵金の出所 (vieri)
2008-10-05 23:44:59
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081003-00000683-reu-bus_all

民主党がばら撒き政策の財源を問いただされ、外貨準備を取り崩す姿勢を見せていますが、これは経済学的に正しい政策なのでしょうか?
個人的には現行の金融不安を抑制するために、不良債権の処理が進むまでのしばらくの間、ドルを支える施策が必要であるという認識なんですが先生はどのように解釈されますでしょうか。

自民のだめさは認識していますが単純に民主にいれるのがいいのか躊躇しているところです。
 
 
 
リスクテーカーたちは、リスクメーカーだったのか? (satahiro1)
2008-10-07 21:57:17
 
東芝機械がココム違反を問われたのは、何時のことだったろうか?
ホワイトハウスの前で東芝のラジカセを議員たちが叩き壊していたことを思い出す。

その後、数年に渡り日米間には自動車・半導体などの貿易摩擦があり、小沢氏が交渉を行った日米構造協議というものもあった。
その時の日本人の思いは、米国にはいつも苦杯をなめ続けてきた、というものではなかろうか。



何年か経ち、日本は"失われた十年"に陥り、米国には"ジャパンパッシング"、"ジャパンナッシング"という言葉があふれた。

それは、金融危機に陥りその成長も止まったかのような日本と対照的に、リスクテーカーたちの活躍により米国が"唯一の大国"として繁栄を謳歌し、日本との"製造業での覇権争い"に米国が興味を失ったからだ。


97年頃に本格化した日本の金融危機、韓国・アセアンの通貨危機、エリツィン政権下の共産主義から資本主義への歩みに、米国のリスクテーカーたちは深く関与してきた。

そして、その時々に切り傷を負ったり、或いは内臓を摘出した。
しかし、各国はそこから蘇った。

特に彼らの活動によりロシアから冷戦を戦ったソビエトの残滓が拭い去られたのではないだろうか。



今、これまで常勝を続けて来たリスクテーカーたちは瀕死の傷を負い、息も絶え絶えだ。

これまでの功罪半ばとする彼らに鉄槌を下すべきなのだろうか。

それよりも、この資本主義社会に巣食う宿痾と諦めて共存してゆくべきではなかろうか。



そう言えば東芝が米原子力発電プラント大手のウエスチングハウス(WH)を買収した時、大きな問題は起きなかった・・・
 
 
 
 
資本主義社会の市場での栄枯盛衰とは、"里山のクヌギ、コナラ"と一緒なのだろうか? (satahiro1)
2008-10-10 21:03:54
 
少し前にNHKスペシャル「映像詩 里山 森と人 響きあう命」を見た。
なかなか興味深く、"今日的"であったので、少し番組紹介からの引用等も含めてしばし、お付き合い願いたい。


>滋賀県北部にはクヌギ、コナラだけでも2万本と言われる広大な森があり、何百年に渡って人々が利用してきた。
>かつては薪を採り炭を作っていた森では、現在はシイタケが栽培されている。

>はるか悠久の時を超えて森が存続してきた背景には、ある秘密=知恵が隠されている。
>伐採の際、人々は必ず切り株を残しておく。すると、そこから“ひこばえ”と呼ばれる若い芽が勢いよく萌え出し、20年ほどで再び利用できるようになる。

>繰り返し伐採されたクヌギは、根元が大きく変形し、地元で“やまおやじ”と呼ばれる、大きなウロの開いた独特な姿となる。そのウロには小鳥やヒキガエル、ミツバチなど多くの生きものが住みつく。
>夏になると、甘い樹液にカブトムシが群がり、メスをめぐって大決闘が始まる。森はまたシイタケや木の実、蜂蜜と、四季折々、人々に豊かな恵みをもたらしてきた。


この番組の中で、シイタケのホダ木として伐採されたクヌギ、コナラの後に、これまではそれらに日光をさえぎられて成長できなかった小さな木々が"わっと"萌え出て、それこそ日光を奪い合うと言う感じであった。

>伐採の際、人々は必ず切り株を残しておく。すると、そこから“ひこばえ”と呼ばれる若い芽が勢いよく萌え出し、20年ほどで再び利用できるようになる。

しかし、それらの木々も“ひこばえ”が成長するにつれ、光を奪われ樹勢を失ってゆく。
そしてまた、“ひこばえ”は成長して、シイタケのホダ木として伐採される・・・
その繰り返しがこの里山で起きているのだ。





今日、私たちの前にある、"里山(株式・証券市場)"は伐採(収穫)の時が来たようだ。

GM・フォード(クヌギ、コナラ)などはタタとかに買収されて(シイタケのホダ木のような)北米の1部門となってしまうのだろうか。
また、リマーンやワコビアのように解体され、切り分けられ全体が買収され、なくなる企業がこれからも現れるのだろう。

そして、それらを買収した企業は企業体質を向上させ利益を、より社会にもたらすことだろう。
彼らは私たちに"豊かな恵み"を与えてくれるのだ。



今、私たちの前で起きている事柄は、資本主義社会の中で起きる"収穫の時"、新陳代謝の時ではないだろうか。



そうであれば、私たち一人一人にも"私たちの頭の上を覆い"日光を遮ったものが取り除かれる時が近づいているのだ。

では、萌え出づるために"その時"を捕まえるために今から備えをしよう。

私たちの飛躍の時とするために・・・
 
 
 
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