陸上自衛隊を最近退職されたある方(仮にA氏とする)とお会いする機会があった。
田母神前航空幕僚長の論文について、現場の自衛官たちはどう考えているのかを知りたく、知り合いの自衛官数人に連絡を取ったのだ。しかし残念ながら、皆忙しくて時間をいただけず、代わりにA氏にお目にかかったのである。
「前航空幕僚長の真意はどこにあるのだろうか」とA氏に尋ねたところ、「それは、私にも誰にも分からない」との答えだった。「それでは、田母神さんとあなたは憲法改正を望みますか?」と聞くと、彼は否定した。
これは従来筆者が知る、自衛官の多数派と同じ意見であった。現行憲法に異存はない。それよりも、彼らだからこそ持っている情報や意見を、公式に具申する定期的な機会を欲しているようだった。もし田母神さんがいわゆる「男気」というか、「大義のために自分を投げ打つ覚悟」を持っている人だったら、「一肌脱ごう」と思ったかもしれないのだが…。
軍政は政策担当の文官に、軍令は作戦担当の制服組に
このコラムで文民統制について書く契機となった、田母神前航空幕僚長の論文。汚職が取り沙汰された守屋前事務次官とは違い、事は「力」そのものの行き先に関わる。「力」に意思があったことに改めて気づき、不安を抱いた人もいただろう。文民統制を機能させるために、日本はいかなる法律(省令)と運用体制を取っているのかが問題だ。
航空幕僚長の任務について、自衛隊法第9条は次のように規定する。
9条 統合幕僚長、陸上幕僚長、海上幕僚長又は航空幕僚長(以下「幕僚長」という。)は、防衛大臣の指揮監督を受け、それぞれ前条各号に掲げる隊務及び統合幕僚監部、陸上自衛隊、海上自衛隊又は航空自衛隊の隊員の服務を監督する。
2.幕僚長は、それぞれ前条各号に掲げる隊務に関し最高の専門的助言者として防衛大臣を補佐する。
3.幕僚長は、それぞれ、前条各号に掲げる隊務に関し、部隊等に対する防衛大臣の命令を執行する。
つまり防衛大臣への最高の専門的助言者、補佐官である。助言の対象は文官(“背広組”)ではない。
防衛省には「軍令」と「軍政」の2本柱が立っている。いざという時には、自衛官がオペレーションに専念できるよう環境を整えるためである。有事には、他の省庁との調整のような書類を挟んでの調整業務には文官が当たるというすみ分けだ。
「軍令」は作戦担当の“制服組”(自衛官)の領域。ここのトップが幕僚長だ。「軍政」は政治のことだから、政策担当である文官が担当する。このトップは事務次官。陸海空の幕僚長3人と事務次官が防衛大臣を補佐する体制を敷いているわけだ。米国は常に国務長官と国防長官とが同行して3人並んで政務を仕切っているが、日本では国防長官に相当する防衛大臣は、閣僚の中でも(失礼ながら)地位は高くない。その防衛大臣の補佐官としてあらゆる決め事に関与したり、肝胆相照らす関係にあったりするかというと、全く事情は違う。
防衛参事官制度によって、防衛参事官会議で何事も決まるのだが、そこに幕僚長は入ることができないのだ。文官と大臣とで何事も判断してきたのである。しかしようやく、今年8月発表の改革方針によって、新体制になるようである。
つまり来年度以降この防衛参事官制度を廃止して新たに防衛補佐官を任用し、非公式だった防衛会議を公式にするようだ。肝心の現場の声を大臣に伝えるシステムが、不安定なのだ。オペレーションを行う権限は“制服組”にあるというのに、彼らの情報や意見が発令に反映されないのは、文民統制というより文民優先。少し度が過ぎる感がある。
筆者は想像した。田母神前航空幕僚長は、この現状が我慢ならなかったのか? 自分が制服を着ている間に、後輩のために世間と政府に話しておこうと思ったのか?…と。
こうした思いを抱きながら、現場の自衛官に連絡を取ることになり、その結果冒頭のA氏に話を聞くことになったのだ。
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