趣味の歴史や読書などについて、つらつらと語るブログ。戦国真田氏ネタが多め。最近は手芸ネタも増え、カオス化しています。(汗)
先日紹介した『家康が最も恐れた男 真田幸村』の前フリ番組として1997年の年末に放送された『超豪華スターが行く!戦国物語の舞台を歩く味な旅』を見ました。
高野山(秋吉久美子さん=淀殿)
東京(丹波哲郎さん=真田昌幸/二宮さよ子さん=北政所)
新潟(西村和彦さん=猿飛佐助)
上田(松方弘樹さん=真田幸村/南野陽子さん=お江)
大阪(デーブ大久保さん=三好清海入道/国生さゆりさん=霧隠才蔵)
仙台(尾美としのりさん=筧十蔵)
史跡を歩くのがメインなわけではなく、美味しいお店を紹介するのがメインの番組のようでしたが、高野山蓮華定院・上田城・三光神社の真田の抜け穴と幸村像など、真田関係の史跡もちょろっと登場しました。
でも、東京・新潟・仙台は、江戸城跡(皇居)・春日山城跡の上杉謙信像・仙台(青葉)城跡の伊達政宗像くらいしか出なかったんですよね。
しかも、春日山城跡では西村さん本人が謙信像の下にいましたが、他の2箇所は写真が出たのみ。ぜんぜん歩いてないじゃん。(笑)
高野山は奥の院や蓮華定院などが登場。蓮華定院・・・行きたかった・・・(涙)
高野山には10年ほど前に行ったのですが、真田に興味がない友人と一緒でしたし、時間もなく雨が降っていたので寄れませんでした。バスで門前を通過した時は寂しかったです・・・
奥の院への参道にあった真田家墓所にはしっかりとお参り。友人2人を参道に残して、1人で行って参りました。
今思うと、そう行けない所なのだから、写真を撮っておけば良かったな。
松方さんと南野さんが立ち寄られた上田の蕎麦屋『おお西』さんは、移転前の小さなお店だったので、すごく懐かしかったです。私も昔は毎年(1990年から10年間くらい?)通っていたんですよね。大きな店舗に移転してからは行っていませんが。(汗)
お二人が食事をされていた席は予約席で、一般席が混んでいる時に一度だけ通されたことがあります。狭いけれどキレイに手入れされた庭を見ながら食事できる良い席でした。
私たちが寄って混雑していたのは、あの時だけだったな。普段はあまり人がいなかったので、ほとんど貸切り状態。
古い民家を利用したお店だったので、食事処というよりは親戚の家にでも行っているような感じで、食後は畳に転がってお昼寝したくなりましたね。風通しが良くて、真夏にエアコンがなくても涼しいかったのです。
文頭の番組名に張ったリンク先には、「本場のそばを堪能する2人の前に出された意外な料理とは?」とありますが、これは毒キノコとして知られているベニテングタケの塩漬けでした。
南野さんに同時に食べようと提案した松方さんは、南野さんが食べてから口にするというチキンぶり。おっさん、割と度胸がないのね。(笑)
ベニテングタケは調理法によっては毒が抜けるようですが、素人さんはマネをしてはいけません。
高野山(秋吉久美子さん=淀殿)
東京(丹波哲郎さん=真田昌幸/二宮さよ子さん=北政所)
新潟(西村和彦さん=猿飛佐助)
上田(松方弘樹さん=真田幸村/南野陽子さん=お江)
大阪(デーブ大久保さん=三好清海入道/国生さゆりさん=霧隠才蔵)
仙台(尾美としのりさん=筧十蔵)
でも、東京・新潟・仙台は、江戸城跡(皇居)・春日山城跡の上杉謙信像・仙台(青葉)城跡の伊達政宗像くらいしか出なかったんですよね。
しかも、春日山城跡では西村さん本人が謙信像の下にいましたが、他の2箇所は写真が出たのみ。ぜんぜん歩いてないじゃん。(笑)
高野山は奥の院や蓮華定院などが登場。蓮華定院・・・行きたかった・・・(涙)
高野山には10年ほど前に行ったのですが、真田に興味がない友人と一緒でしたし、時間もなく雨が降っていたので寄れませんでした。バスで門前を通過した時は寂しかったです・・・
奥の院への参道にあった真田家墓所にはしっかりとお参り。友人2人を参道に残して、1人で行って参りました。
今思うと、そう行けない所なのだから、写真を撮っておけば良かったな。
お二人が食事をされていた席は予約席で、一般席が混んでいる時に一度だけ通されたことがあります。狭いけれどキレイに手入れされた庭を見ながら食事できる良い席でした。
私たちが寄って混雑していたのは、あの時だけだったな。普段はあまり人がいなかったので、ほとんど貸切り状態。
古い民家を利用したお店だったので、食事処というよりは親戚の家にでも行っているような感じで、食後は畳に転がってお昼寝したくなりましたね。風通しが良くて、真夏にエアコンがなくても涼しいかったのです。
文頭の番組名に張ったリンク先には、「本場のそばを堪能する2人の前に出された意外な料理とは?」とありますが、これは毒キノコとして知られているベニテングタケの塩漬けでした。
南野さんに同時に食べようと提案した松方さんは、南野さんが食べてから口にするというチキンぶり。おっさん、割と度胸がないのね。(笑)
ベニテングタケは調理法によっては毒が抜けるようですが、素人さんはマネをしてはいけません。
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信州蕎麦
そういうお店はおいしいでしょーね
観光客が殺到するような店は予め茹でてあるやつを出したりして最悪
と、旅行好きのうちの親が言ってました(^O^)
本館のレポ拝見しましたm(_ _)m
表紙のとこで気付いたのですが
幸隆公以来の真田家の血脈は途中で絶えてるんですねぇ
それにしても、御養子が彦根井伊家とか、『寛政の改革』の松平定信公の実子とかすごいですね
まさに譜代並の扱い
結局、徳川から疎まれてたのは信之公の存命中だけだったのかな
でも結局、幕末には真田は新政府側だったんですよね(^_^;)
観光客が殺到するような店は予め茹でてあるやつを出したりして最悪
と、旅行好きのうちの親が言ってました(^O^)
本館のレポ拝見しましたm(_ _)m
表紙のとこで気付いたのですが
幸隆公以来の真田家の血脈は途中で絶えてるんですねぇ
それにしても、御養子が彦根井伊家とか、『寛政の改革』の松平定信公の実子とかすごいですね
まさに譜代並の扱い
結局、徳川から疎まれてたのは信之公の存命中だけだったのかな
でも結局、幕末には真田は新政府側だったんですよね(^_^;)
無題
>暇人さま
昔の『おお西』は、駅から離れた住宅街の中にあり一見お店らしくないため、知らなければ通り過ぎてしまうようなお店でした。
お客が来てから打ちはじめるので時間もかかりますし、少々値段は高めだったのですが、本当に美味しかったですよ。
私は蕎麦は苦手なので、毎回うどんでしたが。(汗)
レポを見てくださったのですね。ありがとうございます。
松代真田家は男子に恵まれなかったのか、一族から1度、他家から3度養子を入れています。
娘に婿を取ったり、姪を養女にして婿を取ったりと真田の血が耐えないような工夫をしていたようですが、十代幸民が養子入りして、真田本家としての血は途絶えてしまったようです。
真田家が生き残れたのは、徳川将軍家から信頼されていた井伊家や松平家から養子をもらったからかもしれませんが、将軍家が真田家を疎んじていたのならば、その養子縁組自体許可しないと思うんですよね。
真田家の代々当主や家臣の努力もあるとは思いますが、将軍または幕府重臣の中に真田に目をかけてくれる人物がいたのかもしれません。
昔の『おお西』は、駅から離れた住宅街の中にあり一見お店らしくないため、知らなければ通り過ぎてしまうようなお店でした。
お客が来てから打ちはじめるので時間もかかりますし、少々値段は高めだったのですが、本当に美味しかったですよ。
私は蕎麦は苦手なので、毎回うどんでしたが。(汗)
レポを見てくださったのですね。ありがとうございます。
松代真田家は男子に恵まれなかったのか、一族から1度、他家から3度養子を入れています。
娘に婿を取ったり、姪を養女にして婿を取ったりと真田の血が耐えないような工夫をしていたようですが、十代幸民が養子入りして、真田本家としての血は途絶えてしまったようです。
真田家が生き残れたのは、徳川将軍家から信頼されていた井伊家や松平家から養子をもらったからかもしれませんが、将軍家が真田家を疎んじていたのならば、その養子縁組自体許可しないと思うんですよね。
真田家の代々当主や家臣の努力もあるとは思いますが、将軍または幕府重臣の中に真田に目をかけてくれる人物がいたのかもしれません。
無題
「おお西」さんですか。あのおやじさん、最近天狗になりすぎです。たかが蕎麦、されど蕎麦。まあ、マスコミにのると、たいていは堕落しますね
HAHAHA。外様の真田家が幕末まで続いたのは、余程の事情があったのでしょう。養子とはいえ、幸貫公は老中まで努めているのですから。
HAHAHA。外様の真田家が幕末まで続いたのは、余程の事情があったのでしょう。養子とはいえ、幸貫公は老中まで努めているのですから。
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