Cafe Japanesque

日本史に関することを気ままに綴っているブログです。

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大河ドラマ『天地人』第1回「五歳の家臣」

いよいよ始まりましたね〜2009年の大河ドラマ『天地人』。
このドラマに関しては、前宣伝でやたら「愛」を連発(それも本来の意味と違う…)していたり、原作小説や脚本家の人の評判が微妙だったりと、期待感が萎えるような話ばかりが耳に入っていました。ネット上で目にする意見も、厳しいものが多数でしたし。
しかし第1回の放送を見た限りでは、まだ様子見な部分も多いとはいえ、なかなか良かったんじゃないでしょうか。て、なんだか毎年初回はよかったと言ってるような(笑)。いくつか気になった点もあったものの、主要なキャストの好演もあって、概ね面白く見ることができました。

一番の見どころは、言うまでもなく与六&喜平次役の2人の子役と、戦国ゲームから抜け出て来たかのような阿部ちゃん謙信でしょうね。
少年与六クンは、弟の与七共々、めちゃくちゃかわいかったな〜♪一生懸命なしぐさや台詞も微笑ましくて。大好きな父上や母上と別れるシーンでは、「子供を使って泣かせるのはズルいぞ!」と心の片隅で思いながらも、与六が大粒の涙をポロポロ流す姿についもらい泣き。
喜平次役は、整った顔立ちで利口そうな子でしたね。父親の不慮の死に深く傷ついている胸の内を上手く演じていました。謙信と2人で狩りに出るシーンがよかったです。しかし子供の頃から無口で笑わない設定なのか…。

その謙信殿、とにかく目力が凄すぎ、存在感ありまくり。長尾政景の死を聞いて坂戸城に駆けつけ、城門の構えを叩き斬って入城するシーンなど、ほとんど人間離れしていて笑ってしまいました。後述しますが、今回所々でやや過剰な演出が鼻についたんですけども、あーいう戯画化は許します。完全に贔屓ですいません(^^;) 次回以降もガンガン暴れて下さい。
お屋形さまがあんなんだからか上杉の家臣も、どいつもこいつもむさ苦しい輩ですな。ワイルドなのはよいのですが、何だか山賊チックにも見える…!?

懸念していた脚本は、ホームドラマ的な雰囲気は強いけれども、全体的にはそんなに悪くなかったと思います。まあ初回から破綻されてても困るわけですが。でもプロローグの大坂城でのシーンは別にいらなかったかも。代わりに当時の上杉家・長尾家の関係や時代の情勢について、もう少し詳しく説明してもよかったのではないかと感じました。
むしろ気になったのは、やり過ぎな箇所が見られた演出。与六が北高全祝に叱られ雷を落とされると、空でも雷が鳴ったりとか。もしくは大坂城からの帰途、景勝を追って『とのぉお!』と飛び跳ねちゃう兼続とか。昭和の青春ドラマか!
まあ過剰な演出は今に始まった事じゃなく、ここ最近の大河の傾向のようにも感じますねー。

謹賀新年

明けましておめでとうございます


昨年拙ブログを閲覧していただいた皆様、どうもありがとうございました。
今年もおそらく、相も変わらず不定期更新、取り上げるテーマはその時の気分次第といういい加減なブログになるとは思いますが、お暇な時に覗きに来ていただければ嬉しいです。
お店に例えるならば、高級な逸品を取り揃えている専門店ではなく、ちょっと変わった物をゴチャゴチャと置いている雑貨屋さん(イメージ的には、ヴィレッジヴァンガードのような感じ…?)を目指してみようかなーなどと思っています。わかりにくい例えですかね(笑)。
何はともあれ、どうぞよろしくお願いいたします。

姫路城

姫路城に行って来ました!といっても、9月末の話なんですが・・・(汗)
以前、城内にある歴史博物館に行った時に記事を書いたことがありましたが、その時は天守閣の外観を何枚か撮影したのみで内部の見学はしなかったのと、内容もあまり詳しいものではなかったため、今回改めて書き直してみました。

姫路城4
(*クリックすると画像が拡大します)

表口にあたる大手門。往時の城には、防備のため全部で3つの門が構えられ、この門は「桐二ノ門」と呼ばれていたそうです。明治初期、兵舎になった時に洋風の門に変えられましたが、昭和12年(1937)現在の姿に復元されました。

姫路城の歴史は、赤松則村(円心)が播磨国姫山に築いていた砦を、正平元年(1346)彼の息子の貞範が城の形体に改めたのに始まります*。赤松氏の一族・小寺氏が城代に定められ、代々世襲しましたが、戦国時代に入ると小寺氏の被官である黒田氏が城主となりました。
天正8年(1580)、黒田孝高の勧めで、羽柴秀吉が西国攻略の拠点として入城。秀吉は3層の天守閣を築き、城下町を整備しました。現在の城郭は、慶長6年(1601)関ヶ原の合戦の恩賞として播磨を与えられた池田輝政が、8年の歳月を費やして改修したものです。
池田氏が転封になった後は、本多氏・松平氏・榊原氏・酒井氏と城主は目まぐるしく変わりましたが、山陽道上の要地として親藩や普代の大名が統治しました。

*=最近の研究では、築城は16世紀中頃の黒田重隆・職隆(孝高の祖父と父)の時とする説もあるそうです。

TV『その時歴史が動いた〜平安京誕生』

 千年の都・京都の原点「平安京」。その誕生の裏には、時の桓武天皇をめぐる血ぬられた争いと苦悩が秘められていた。奈良時代の末、平城京での激しい権力闘争の中で桓武天皇は「遷都」によって政治体制の一新をもくろむ。しかし極秘裏に進めた最初の遷都は大きな反発を呼んだ。窮地に陥った桓武天皇はさらなる遷都で理想の都作りをめざす。「平らかで安らかな都=平安京」と名づけた桓武天皇の思い、そして京都誕生の時を描く。
 番組では、桓武天皇が最初に都を移した京都の西隣の「長岡京」にも注目。近年の発掘調査によって、これまで平安京遷都までの仮の都と考えられていた長岡京の実像が明らかになってきている。長岡京は水運や衛生の利便を計算に入れ、それまでの奈良平城京の弱点を克服しようと計画的に造営された本格的都市だった。桓武天皇の幻の都・長岡京の実像もCGなどをまじえて紹介する。

Tag : 平安時代 

ドラマ『母恋ひの記』

出演:黒木瞳(北の方)劇団ひとり(藤原滋幹)大滝秀治(藤原国経)長塚京三(藤原時平)川久保拓司(藤原敦忠)内山理名(右近)本田博太郎(藤原菅根)

平安時代初期。絶世の美女と謳われていた北の方は、50歳以上も年上の大納言・藤原国経と結ばれ、2人の間には息子の滋幹が誕生した。だが北の方は、時の権力者である左大臣・藤原時平に奪い去られ、母子は理不尽にも引き裂かれる。
時は流れ、成人した滋幹は母への思いを募らせるが、異父弟の敦忠により再会のチャンスをことごとく邪魔されてしまう。事情を知らない滋幹は、次第に「母はもう自分と絶縁したいのではないか」という疑心暗鬼が生じてくるが…。

谷崎潤一郎の小説『少将滋幹の母』を大胆に脚色しドラマ化。妄執から自由になれない人間の情念を描く。

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