12 奥摩耶
フィニキュリ・フィニキュラ
このイタリア民謡を私は子供の頃 父からおそわった。
大晦日の夜 父は私をつれて銀座に出て 十字屋でレコード選びをし
除夜の鐘をききながら歩いて山手の家に
帰るのが 小学生時代につづいたならわしだった。
学生時代をヨーロッパですごした父は この曲が好きで
最初の日にそのレコードを買ってくれた。
いまごろテレビで はやっているのを聴くと ちょっと時代錯誤に
陥るが まことになつかしい。
摩耶山のケーブルに乗ると 必ずこの曲が口をつき
イタリアの碧空と陽気な人情を思い 山上の子供の国へ
愉しく運ばれてゆく。
100万ドルの眺めのご自慢もいいが 日本最高の裏山都市を
もっと生活でとり囲む知恵はないものか。
急斜面の宅地造成をやめ 林地を残し 中段の毛一斜面だけを
公共施設や団地に利用し往復10円くらいの運賃で
乗れる短いフィニキュラ(登高軌道)を幾本もかけて
毎日うたごえ気分で通勤・通学できたらどんなものだろう。
神戸大学経済学部教授 田中 薫摩耶ケーブルに乗ると今でもこの曲が流れた気が。。。
奥麻耶という言い方は、摩耶ケーブルを降りたところが
昔、にぎやかだったところで今掬星台と呼ばれるところが
それよりも奥だから奥摩耶と呼ばれていたそうです。