2008年10月09日

ca09d009.bmp * 右側の文庫本が竹森著、「ハイデルベルク信仰問答」。絶版となり書店で買うことはできない。

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 借りたお金を返すことはできる。借りた自転車に油を差してきれいに磨いて返すこともできる。しかし、一生かかっても返すことができないほどのお世話、恵み、価値、ありがたみをもらうことが人にはある。これを人は「恩」という。大学時代、政治学原論の講義で聞いた、今も覚えている言葉である。

 「諸君が、私に負っているのは「恩」なんだよ。」
 
 恰幅の良い体躯を揺らしながら最前列に座っていた私の目の前で彼はそういってにこにこしながら講義を続けた。ずっと後にその話を思い出し、私が大学院生になってから彼のゼミの際、少し冗談めかして

 「そういうのを「恩着せがましい」って世の人は言うんじゃないですか?」

 と互いに笑ったことが思い出される。彼は数年前、ガンで70歳の時、他界してしまった。直接の論文指導を受けたわけではないが、私が自分の世界観、人格を形成するに決定的な影響を及ぼした人の一人であることに違いはなく、今も何度となく彼のことを思い返す。
 
 「恩」を感じている人は何人かいるが、その多くが私が18歳から20歳前後だった時期、最も人格形成がなされた時期に世話になった人に集中している。予備校にもそうした人が二人いた。彼らにとってはそれは「仕事」だったが、しかし、それ以上の存在感と内容を見せていた。

 幼少期から日曜学校に引っ張り出されていた私が信徒になったのは20歳になる直前の復活祭。それまでおよそ1年間と少々、キリスト教の教えや歴史、意味についてゆっくり、じっくり教えてもらえる機会を作ってもらったことは、私の人生最大の「恩」の一つであった。およそ金曜の午後から夕方などに1時間、1対1の時間であった。当時は前任の竹森満佐一牧師が他界されてから間もない時期。その時にはまだいれ替わり立ち替わり説教を担当する他の牧師が繋ぎながら後任牧師の人選を進めている時であった。後に竹森牧師の下で神学生として学び、牧師になる前だった吉岡光人伝道師がそのまま着任することになる。当時まだ三十代前半、青雲の志とフレッシュな空気いっぱいで、結婚する少し前でもあり若い活力に漲った最良の時期だった。そういう時期に巡り合わせが来たことは人生の幸運だった。

 不世出の秀才と言われた竹森牧師が訳した「ハイデルベルク信仰問答(新教出版社)」を素材に勉強を進めたことが思い返される。今もこのスタイルは新しい人たちに対しても同じくなされているはずだが、無口で内向的、口べたな人には丁寧にゆっくりと説明がなされるし、おしゃべりであれこれ自己主張が強い人には聞き手に回って答えてもらうことができる。私がこの後者であったことは言うまでもないが、時間にゆとりがあった際に限って、時に1時間という時間を大幅に超えて3時間近くあれこれ話をしていたこともある。

 そうかと思えば、逆に私が連絡なしに30分近く遅刻してしまったりしたことや、疲労で先生の目の前で舟をこいで眠りこけた失礼を働いたこともあった。それを責められたことはない。若かったとはいえ何と無礼だったことだろう・・・。こうした勉強を浪人期にずっと続けさせてもらっていることは家族にも秘していたことだった。
 
 例えこれからもし何かできごとがあって、激しく彼を嫌ったり軽蔑したり不信に感じるようなことがあったとしても、私が抱いている「恩」の感情が消えることはない。押し付けられて信徒になったわけではない。最終的に自分の意思で信徒になることを選んだ。息苦しく強い疑問を感じた幼少期の思い出が詰まった教会を自ら去って、最後は自身で決めたこと。ふらついても、迷っても、悩んでも、苦しかったとしても、かつて問答を通してしめくくりに自分が決めたことであり、この責任は全て自分にかかる、と思うことができる。このことは私にとって「恩」である。

mediaterrace at 01:55 │Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ! キリスト教について 

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